「いーやーだー! やだ、やだやだったら嫌だ!」
「近藤さん、駄々っ子じゃねえんだから……」
 なだめる声が聞こえているのかいないのか、近藤は先刻からずっとこんな調子だ。土方が手を焼いているのも珍しいが、それにはそれなりの理由があるのだった。
「だって夏が終わっちゃうじゃん! いちばん楽しいとこなのに!」
「仕方ないだろ、とっつぁんのご指名なんだから…行かなかったら地獄を見るのはあんただぜ?」
「いーやーだー!」
 駄々っ子ならば、大人の権限で言うことを聞かせることもできる。しかし、ここにいるのは立派な大人だから始末が悪いのだった。
「参ったな……」
 腕組みをしてそっぽを向いてしまった近藤は、テコでも動きそうにない。どう説得するか、実に頭の痛いところだ。

 そもそもの、事の起こり。それはほんの数時間前だった。
「副長、松平長官から電話です!」
 珍しく、松平片栗虎が土方の携帯ではなく屯所に電話を掛けてきた。これは大体において、内容が公務である、との意思表示だったりする。
 ほんの少し気合いを入れてから、土方は重い黒電話の受話器を持ち上げた。
《よぅトシ。八月アタマから二週間くらい近藤をこっちで預かるからな》
「は? ちょっと待てよとっつぁん、預かるってなんだよ!」
 突然の宣言は、この人に関してはよくあることだった。でも、今回は少々不穏な匂いがすると、直感が警告している。
《客が滞在すんだよ。機嫌損ねるとヤベぇの。そういうの、トシなら分かるだろ?》
「だからって何で近藤さんがっ」
 警視庁長官が直々に世話する『客』とは、もちろん天人のことだろう。機嫌云々というからには、おそらく国家レベルの。
《だからよぅ、俺ひとりじゃ間が保たない訳よ。近藤が居りゃあ、ちっとは賑やかしになるだろーが》
 賑やかし呼ばわりされるのは、近藤としても不本意だろう。だが、こちらに助けを求めて来るということは、本当に松平ひとりでは手に余る案件らしい。
「なら、俺も一緒に」
《あ、それダメ》
「なんでっ」
 言いかけただけであっさりと却下されては、土方の立つ瀬がない。
《お前ら二人が半月も屯所を留守にするなんてとんでもねえことだろ! 近藤は居なくっても何とかなるが、お前はダメ! そこに居ろ!》
 食い下がるもかわされて、言い含める松平の言葉には説得力がある。
《じゃあそういうことで。日時決定したらまた連絡するからな》
 ぐうの音も出ない土方に構わず、言いたいことだけ言うと松平の電話は一方的に切れた。
「二週間か……」
 大変だが、近藤には行ってもらうより他ない。この時点では、多少渋るだろうが近藤も納得してくれるだろうと思っていた。