「なー、トシぃ…」
「いやだ」
 話しかけただけだというのに、とりつく島もない返事が飛んでくる。
 近藤はしかし諦めずに、もう一度口を開く。
「まだなんも言ってないんですけど」
 苦笑いしないように、あくまで真面目に呟いた。
 煙草を口にくわえたままで、切れ長の瞳がちらりと近藤に向けられた。
「聞かなくても分かる」
「それって以心伝心か?」
 自分の言葉に嬉しげに笑った近藤から、ふっと土方の視線が外れる。
「ちげーよ」
 長い指がフィルターを挟み、深く煙を吸い込む。
 そうして中空に向けて煙を細く吐くのを、近藤はしばし黙って見ていた。
「あんたがそういう言い方する時は大体内容が一緒だ」
「そういうって、どんなだ」
 言い方に特徴があるのかもしれないが、どんなものか自分では良く分からない。顎に手をあてて考えても分かるはずもなかった。
「どうでもいいだろ。とにかくお断りだ」
 冷たく呟いた土方は、短くなった煙草を灰皿に押し潰す。更にもう一本煙草を箱から取り出した。
「よくねえよ、教えろよ」
「教えたら引き下がってくれんのか」
 火の点いていない一本をくわえて、近藤に視線を戻してくる。喋るにつれて口の先で煙草がゆらゆらと揺れた。
「……なら、教えてくれなくてもいい。けど、話くらい聞けよ」
 なぜ、どちらか選ばなければならないのかと理不尽な思いながら、近藤は問いを取り下げた。しかしまともに取り合ってももらえないのはまだ不満だ。
「話なら分かってるって。そんでもって、いやだって言っただろ」
「だーかーら、トシが思ってることと違うかもしれねえだろ?」
 聞いてももらえないうちから却下されるのはどうしても納得できなくて、更に食い下がる。
 土方は愛用のライターで煙草に火を点し、溜息に似た息を煙とともに吐き出した。
「なら、一応聞く」
「…ええと、だな」
 首を巡らせた土方に正面から見詰められて、思わず口ごもった。聞いて欲しいのはもちろんだったけれど、そんなに構えられると少々言い出しにくい。
「その。オレたち、夜の方が大分ご無沙汰だろ。そろそろ相手してくれねえかなって思ってだなあ」
 内容が内容だけに、近藤は照れた顔で頭に手をやりながら、若干早口で告げる。
「……やっぱりな」
 しかし、ふいっとまた庭の方を向いてしまった土方が、実に素っ気なく呟いた。
「やっぱりって」
 あまりにも素っ気ない返事に、近藤の口がへの字に引き結ばれる。
「分かってるって言っただろ。そういう話だと思った」
「そんなのは、本当に分かってたかどうかなんてトシにしか判断できないじゃねえか」
「あー、まあそうだけど」
 言いながら、指先で煙草をトンと叩いて灰を叩き落とす。
「どっちにしたって返事は同じだ。い・や・だ」
「トシぃ……」
「そろそろ昼休み終わるぞ。仕事に戻る」
 近藤と目を合わせないままで、土方は灰皿を手に立ち上がる。
「もう一週間も経つのに…」
「まだそんなもんか」
 背を向けた土方に哀れっぽく投げかけた言葉は、あっさりと叩き落とされてしまったようだ。
 それ以上の言葉は逆効果とこれまでの経験で嫌と言うほど思い知っている。
 仕方なく、近藤は黙ってその背を見送った。
 ちらちらと黒髪の合間から伺える土方の耳が、真っ赤になっていることだけが、唯一の救いかもしれなかった。