場面その1
 爽やかな朝、軽快な雀の鳴き声とまだほのかに冷たい空気が、開け放った窓から流れ込んで来る。
 男所帯の屯所の朝はあまり爽やかとは言えない。だがそれなりの人数が居るせいか、そこそこに活気があるように見えた。
「最近、意識不明で発見された人が数日後にそのまま死亡するというのが何件か報告ありますけど、これは事件として扱うべきでしょうか」
 監察の山崎からの調査結果が伝えられている会議室の中。上座に近い席がなぜか、ぽっかりと空いている。
 上座に陣取る男の頬がそちらを見ないようにしているのが伺える。けれども片頬がぴくぴくと引きつっているのが見えて、会議室は異様な緊張感に包まれていた。
「…それじゃ、各自確認のうえ、解散」
 会議が終わり、局長のひと声を聞くと同時に、隊士達がくもの子を散らすように逃げて行く。最後に、副長がゆらりと立ち上がった。
 その表情を見ると、さすがの局長も声を掛けにくい様子だった。

 会議室は屯所の奥座敷に据えられていた。そこから地響きにも似た音が廊下を進んで来る。早足の一歩一歩は怒りのこもり具合が伺えるほどに重い。
「総悟ォ、どこだ!」
 真選組鬼の副長、土方十四郎の唸る声は地獄の底から響いて来るようだ。局中法度で廊下を走ることを禁じた本人は、ギリギリの速度で廊下を突き進んでいた。一番隊隊長の沖田総悟を探す鋭い眼光は、睨まれたら突き刺さりそうに思える。
「てっめぇ総悟、よくも会議サボりやがったな!」
 その沖田はといえば別段悪びれる様子もない。隠れるでもなく堂々と、庭石の上で愛用のアイマスクを装着して二度寝の真っ最中だった。
「あれェ、土方さんじゃありやせんか。これから会議でしょ、こんなトコ居ていいんですかィ?」
 土方の怒号にも、沖田はちょいと指先でアイマスクを押し上げただけで平然と言い放つ。
「とっくに終わってんだよ、てめぇ抜きでな」
「ありゃ、おれの時計はまだ時間前なのに。狂ってんですかねィ?」
 目の前に持ってきた腕には、歪んだ時計が手首に直接描かれていた。
「狂ってんのはてめぇの頭だろォがああぁ!」
 こめかみの血管が切れそうな勢いで怒鳴りつけているというのに、沖田は顔色一つ変えることなく芝居がかった仕草で掌を上に向けて肩をすくめてみせる。
 次の瞬間土方の左手が鯉口を切り、長い刀身がすらりと朝日に閃いた。
「おっとっとィ。土方さん、庭で抜刀すんのは局中法度に触れるんじゃねェですかィ」
「遅刻三昧のサボり魔を粛正するんなら構わねえんだよ」
「あらら。じゃあ、早速おれがその悪〜い遅刻魔を探してきまさァ」
 のらくらと逃げ回っていた沖田はそう言うが早いか、ぱっと木を伝い塀に駆け上がり、屋根の向こうに姿を消してしまった。忍者を彷彿とさせるような素早い動きにさすがの土方も追いきれない。
「くそ、取り逃がしたか」
 苦々しく呟いて刀を納める。行き場のない憤りは煙草の煙に乗せて吐き出した。
「副長っ、大変です!」
「……なんだ」
 慌てた顔で駆け寄ってきた隊士に、努めて平静を意識しながら目を向ける。沖田への憤りを隊士に向けても仕方ない。
「無線が調子悪くて通信ができないんです〜!」
「そういうのは、電器屋に、連絡するもんじゃねえのか」
 イラッとしたのを腹に押し戻しながら、ひと言ひとことを区切りつつ強く言い含める。
「あっそうか、そっスよね」
 へらりと笑った隊士に悪意はない。分かってはいるけれども。
「あの副長、電器屋の連絡先ってわかります?」
「通信機の脇にでっかく書いてあるからそこに電話しろ!」
「はぃいっ!」
 土方の剣幕に恐れをなして隊士が逃げ出して行った。
「なんでもかんでも俺に聞かなきゃ進まないのかよ」
 業者の連絡先は誰でも分かるようにしてあるのに、誰もが自分に聞いてくるのが納得いかない。
 確かに隊士達はあまり気のまわる連中ではないけれど、もう少し協力する気にはならないものか。
「あっ、いたいたトシ〜」
 イライラの勢い余ってへし折ってしまった煙草を灰皿に投げ込んだ矢先、今度は目の前からこれも手の掛かる上司が走ってくる。困ったようなその表情を見るだけで、何か厄介ごとを持ってきたのは明白だ。
 それでも顔を見て胸がほんのり和むのは、土方が隠し持ったこの上司への想いのせいかもしれない。
 親友であり共に真選組を作り上げてきた盟友でもあるこの男に、土方が恋心を募らせているのは誰にも知られていない。こんな気持ちは、それこそ墓の下まで持って行くつもりでいた。
「なんだよ、近藤さん。困りごとか」
 掛けた声が意外に柔らかくなっていることに、内心で苦笑いを漏らす。この人には多少なりとも甘くなってしまう事に、誰かがいつか気付くだろうか。
 しかしそれも、苦楽を共にしてきた親友相手だからと好意的に受け止められることを計算してもいた。
「えっ、なんで分かるんだ」
 ずばり言い当てたのが余程不思議とみえて、近藤は目を丸くしている。
「なんとなくな…」
 長い付き合いだから、顔を見ればだいたい言いたいことは分かるものだ。それに、土方は近藤のことを誰よりも見つめているのだから。
「すごいなトシ!」
「それより、何に困ってんだ」
 近藤は話が逸れるとどこまでも脱線していってしまうクセがある。それを修正する役目も土方に一任されている。
「あ、そうなんだ。こっち来てくれ!」
 そう言った途端に手を握られ、そのまま同行を余儀なくされる。近藤の先導に従って手を繋いで屯所の廊下を走り抜けていく格好は隊士達の注目の的だった。男同士で手を繋ぐのはどうかと思うけれど、近藤は気にする風もない。
「急に動かなくなっちまったんだよ、どうしたらいいか分からなくて」
 連れて行かれたのは局長室。近藤は処務机の上に鎮座しているノートパソコンを開いて、状況を説明しようとしている。
「うん、そうか」
 言いながら近藤を横から押しのけて、代わりにパソコンの前に座った。
「アダルトサイトでも見てたのかよ」
「え、えーっと」
 照れた顔で頬を掻く近藤の反応を見るまでもない。近藤の部屋に連れられてきたあたりでだいたい予想していたことだ。
 パソコンはどうやらブラクラを踏んだようで、単にフリーズしているだけだった。このくらいなら直すのもたやすい。
「怪しいリンクは踏むなっていつも言ってるだろ」
「うん、済まない」
 隣から覗き込んでくる近藤の顔が近い。頬に近藤の体温が感じられる気がして鼓動が早まってしまう。
 気にするな、と胸の中で繰り返しながら手早く処理して再起動を行った。
「ほれ、直ったよ」
 通常に戻ったことを確認して、ノートパソコンの蓋を静かに閉じる。いまは早く近藤から離れたかった。
「さっすがトシ、ありがとうっ」
 近藤は感激した様子で土方の肩を背中ごしに抱き締める。
「……っ…」
 咄嗟に、土方は息を飲み身を固くした。
 近藤はいつも、スキンシップ過多な方だ。それは誰に対しても行われるもので、土方が特別だという訳でもない。
 しかしだからといって、平気になれる訳もない。
「もうさ、やっぱオレにはトシがいてくれなきゃダメなんだよなあ」
「分かった、から。離せよ」
 土方がもがくと、近藤の腕は割合にあっさりと離れていった。
「もう、いいよな」
 言いながら、ぱっと立ち上がり障子に手をかける。
「うん、ありがとうトシ」
 ニッと笑う近藤をちらりと振り返って、土方は黙ったまま頷く。
 そして、逃げるように局長室を後にした。

 胸を隊服の上から押さえながら、自室に滑り込む。苦しいほどに動悸が激しいのは、走ったせいではないのは分かっている。
 壁に背を預け、ずるずると滑り落ちるように座り込んだ。
 体が熱い。特に、触れられた肩と頬がじんじんと痺れるようだ。




場面その2
 いつまでも部屋に引きこもっていても仕方がないと腹をくくって、土方はのろのろと廊下にまろび出た。暖かに降り注ぐ太陽の光さえ、いまは嫌味のようにも感じられて目を瞬かせる。
 近藤を探さなくてはと思うのに、足が重くてなかなか前に進めない。こんな時こそ誰か頼み事をしに来ればいいのに、誰の姿も見えない。
 もしかしたら大きく開かれた部屋の中の、自分の醜態を誰かに見られていたのだろうか。そのうえで、嘲笑われ避けられているのだったらこの静けさも納得いく気がした。
 煙草を口にしようとして胸ポケットに手を伸ばしては止めるのを何度も繰り返している。近藤がどこに居るのか考えようとしても、少しも頭の中がまとまらない。
「あっ、トシぃ!」
 近藤は、探すまでもなく自分からやってきた。食堂の前で、大きく手を振りながら笑って土方を呼んでいる。
「…………」
 夢でも見ているのかと思い、足が止まってしまった。つい先刻の土方の醜態を忘れたはずもないのに。
「トシってば、呼んでるのに」
「え、あ……」
 動かない土方にしびれを切らした様子で、近藤が目の前まで寄ってくる。笑顔はいつもと変わった風もない。
「近藤さん、あの……」
「ん、なに?」
「さっきの、ことなんだけどさ」
 屈託のない表情が、土方のひと言でぴくりと固まったように見えた。
「俺は……」
「さっきはそう、悪かったな! ノックもしないでほんっと、オレってば悪い上司!」
 だっはっはーとふんぞり返り、茶化して大きく笑う。
「これから気をつけるよ、許して! な、許すって言ってくれよ」
 そうかと思うとひょいと肩をすぼめ、顔の前で両手を合わせて片目を閉じる。そうやって、土方が笑うのを待ってくれているようだ。
「……ん。許すよ」
「ありがと、さーんきゅう!」
 土方に頷く以外の選択肢などある訳がない。近藤は、見なかったことにしてくれるのだろう。そうやって、土方の居場所を奪わずにいてくれる。
 それが、近藤の優しさなのだろうか。
「でさ、早速なんだけどちょっと分かんないとこがあってな」
 近藤の手が土方の隊服の袖を掴む。自然な仕草に見えたけれど、肩に触れかけた手を故意にずらしたのが、分かってしまった。
 土方には、自分が受け入れられたのではないのだろうと思えた。居心地が悪くなって土方が出て行ってしまうと、真選組は色々と不自由することになる。
 土方は確かに、必要な人間かもしれない。
 近藤本人にではなく真選組にとって、という意味なのだとしても。
 袖を引かれて歩き出した土方は、半歩前を歩く近藤の肩を見つめてうっすらと唇をゆがめる。そこに浮かぶのは自嘲だった。


 あの日から、表面上は何も変わった様子もなく過ぎている。しかし土方にとって、毎日は楽しいはずもなかった。
 近藤とは仕事のうえでは普通に接しているし、冗談交じりの会話も問題ない。けれども近藤が土方に触れることはまるで無くなっている。あれだけスキンシップ過多だった近藤の、心情の変化についてはあまり考えたくはない。
 真綿で首を絞められるような見えない緊迫感に包囲されているようで、土方にとっては毎日が針のむしろのようだった。
 逃げ出すことができたなら、どんなにいいだろう。
 そんなことが出来ないのは分かっている。しかしそれは、真選組に対する責任感などではない。副長としてでも、便利な人間としてでも、近藤に必要とされているというその事実に、すがっていたいだけだった。
 気にしすぎとは思うのに、隊士達が向けてくる目にすら侮蔑が混じっている気がして人目を避けて過ごすようになっていた。二人組が基本の外回りすら、隊士の同行を断りずっと単独で出ている。
 近藤に、単独は危険だとさりげなく諭されたこともある。それでも土方が頷かずにいると、それきり強く勧めてくることはなかった。
 きっと近藤も、土方のことを持て余している。こんな風に宙ぶらりんなままでいるより、はっきりと近藤に告白して引導を渡して貰ったほうがどんなにかすっきりするだろう。
 そうできないのは、怖いからだ。近藤に本当に拒否され、男に恋する異端の者だと隊士達に知られて副長の座を追われることが怖い。
 そうして今夜も逃げながら独り、繁華街を見回り歩く。屯所に居るよりもひとりで外を歩く方が気楽だった。たとえ襲われたとしても、返り討ちにする自信はある。
 そこでもしも倒されるのなら、それでもいいかと胸の隅でちらりと考えてもいた。死にたいと思っている訳ではないけれど、そうなれば近藤の前から自分は居なくなる。今の状況よりはましに思える気がした。
「お兄さん、ちょっと見ていかないかい?」
 暗い考えばかりを巡らせているうちに、いつのまにか裏通りの路地に入っていた。不意に掛けられた声に目を向けると小さな露店があった。
 目深に帽子を被った、年齢も伺えない女が真っ赤な紅の唇をゆがめて笑っている。
「…………」
 普段ならば、目を向けることもなく通り過ぎていただろう。けれども今は足を止めて露店の品を見るともなしに見下ろす。
 広いとはいえない台の上に毒々しい色の化粧品や櫛やかんざしなど、女性の好むものが所狭しと並んでいた。繁華街の女達へ、ご機嫌取りの手土産として男達が買い求めるにはこんなたぐいの物が丁度いいのかもしれない。
 露店わきの柱には、鏡がいくつか掛かっている。手鏡くらいの大きさから、顔よりも大きなものまで大きさも飾りも様々。
 いちばん大きな鏡の中から見つめ返してくる自分の顔が疲れ切っていることに気付いて、土方はやるせない気分で目を伏せた。
「その鏡で、悩みのない世界に行けるよ」
 土方の方を見ないまま、女がぽつりと呟く。心の中を見透かされた気がして、土方はびくりと肩を震わせた。
「…っ……」
 からかわれた口惜しさに奥歯を噛み締め、言い返すこともできずにその場を立ち去った。まるで逃げ出すようで、情けなくて悔しくてたまらない。
 しかし行きずりの女にさえ悩んでいると見抜かれるほどにみっともない顔をしていることも、また事実なのだと思えた。



 外回りを長めに行って、土方が戻って来るといつもの屯所の光景がそこにある。何も変わっていないはずなのに、皆どこかよそよそしくて冷たい気がした。
「おかえり、遅かったな」
 部屋へ戻る長い廊下の途中、土方に気付いた近藤が、笑顔で労いの言葉を掛けに来てくれる。
「特に変わったことは、無かった」
「そうか。お疲れさん」
 普通の上司と部下としてなら、何も問題ない会話。しかし、以前ならこんな場面でよくあった親友としての酒の誘いも、ぱったりと途絶えていた。
 いまも、そのまま離れていく近藤の背を見て踵を返す。追いすがることができる訳もない。疲れた情けない顔を晒しているくらいなら、部屋にこもっている方がましだった。
 ひとりの部屋に戻っても、することもない。まともに眠ることもできずにただ、浴びるように酒を飲んでいる。酔いがまわればほんの少しだけでも救われる気がしてわずかに眠ることができた。
 倒れるように眠るために、酒の量は増えるばかり。なのに今夜はいくら飲んでも少しも眠りが訪れてくれなかった。
 路地裏での出来事が、引っかかって離れない。悩みのない世界に行けると言った露天商の言葉を信じるつもりもないのに、あの鏡のことが気になって仕方なかった。
 東の空が白み始めた頃、ついに酒も空になってしまう。どうせ眠れるはずもないし、ちょうど煙草も切れた。コンビニに出るついでにちらっとまた見てくれば、それで気が済むだろうと自分に言い訳をしながらよろりと立ち上がった。
 不寝番の黙礼に軽く手を挙げて、通用口をくぐる。夜明けの白い光が目に染みるようで、土方はまともに目を開けられない。
 いちばん町が静かな時刻、土方の他に道を歩く者の姿はなかった。
 うつろな記憶を頼りに路地裏をめぐるうち、確かこの辺りと考えていた場所にはもう露天商の姿はなかった。考えてみればこんな時間まで露店を開いているはずがない。当たり前のことなのに、ひどくがっかりしている自分が滑稽だった。
 無駄足を踏んだとぼやきながら通り過ぎようとしたその場所に、朝日を反射してきらめくものがあるのに気付く。大股に近寄ると、露天商の居た後ろの壁にあの鏡がひっそりと掛けられていた。
「なんでこれだけ…」
 明るい中で眺めると、金属縁の装飾は凝ったものだったけれど長い間手入れがされていないようで薄汚れている。それでも鏡面だけは一点の曇りもなく、顔色のよくない姿をはっきりと映し出していた。昨夜よりも疲れた目をしている自分から、土方はなぜか目を離せない。
 そろりと手を伸ばして、鏡面に触れる。一瞬、その手が鏡の中に入り込んだ気がして慌てて手を引っ込めた。
「…………」
 意を決してもう一度、おそるおそる手を伸ばす。しかし指先は硬く冷たい表面に触れるばかりで何の変化もなかった。
「当たり前、だな」
 何故この鏡がこんなにも気になっていたのか、目の前にしてみると分からなくなる。露天商の冗談にすらすがりたいほどに、追い詰められていたということだろうか。
 薄くため息を漏らし、肩を落としてその場を離れた。この鏡も単に忘れ物で、今夜にでも回収されるだろう。
 帰り道、コンビニに寄る気にもなれなくて自販機で煙草を買い求める。コトリと落ちてきた軽い箱の音が聞こえるほどに、町は静まりかえっていた。


 屯所に戻った土方は寡黙な不寝番の黙礼を再び受けて、黙ったまま自室への廊下を辿る。もうすっかり明るくなって、じきに食堂も開く時刻だった。
 せめて顔くらいは洗っておこうかと洗面所に入ると、この時刻には珍しい顔と出会う。
「おはようトシ」
 普段から朝寝坊な近藤がこんな早朝に起きているのは滅多にないことだった。笑顔の近藤を前に土方は驚きと戸惑い、どう反応すべきかと迷う。
「お、はよう…」
 あまり顔を見ないように、小さく応えるにとどめた。
「どうした、あんまり顔色良くないな」
「少し…寝つきが悪かっただけだよ」
 酒浸りでまともな食事も取っていないうえに睡眠不足と、本当のことを言っても仕方ない。
「そうか、無理はするなよ?」
 すれ違いざまにさらりと頬を撫でていった手の温もりと優しい声。咄嗟に何も反応できず固まってしまう。
 扉が閉まり足音が遠ざかっていくまで、動くことができなかった。にわかに信じがたい近藤の行動を頭が理解してくれない。
「なんで…」
 ずっと腫れ物に触るような扱いを受けていたのに、あの変わり様は一体どうしたことだ。近藤になにか思うところがあったのかもしれないけれど、それを確かめに行く足が踏み出せない。
 救いを求めるように目を向けた鏡の中では、自分が真っ赤になっているのに気付く。慌ててばしゃばしゃと顔を洗い、部屋に戻った。