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食べ過ぎに要注意


「わあ、けっこう混んでますね」
僕らは近くに出来た新しいレストランに、ランチに来ている。ここは太っ腹なことに、一定料金で90分食べ放題なバイキング形式。
お手軽な値段の割に美味しいと評判の店だから、混むのも仕方ないだろう。
「ちょっと待つことになりそうですね」
「あーあー、だから早く行こうって言ったのにさあ」
「新八がグズグズしているからネ」
順番待ちの記名シートに名前を書き込んで来た僕に、当然一緒に来た銀さんと神楽ちゃんがブツブツ言ってくる。

「僕じゃないでしょ。銀さんがダラダラしてて、なかなか腰上げなかったからでしょうが」
「新八くん、人のせいにするのは良くないと思いますよ」
真顔で銀さんが反論してくるのはもう、聞き流すことにした。
「新八が、とっとと銀ちゃんのケツを蹴らないからアル」
「そういう役は神楽ちゃんに任せるよ」
幸い、順番待ちの列は割とすぐに進んでいく。そうこうしているうちに、次が僕たちの順番になっていた。

「おー、混んでんなあ」
「ちょっと前に待ってるヤツ叩っ斬ってきやしょうかィ」
「よさんかボケ」
不意に、後ろからどこかで聞いたことのある声がする。
「あ…」
「やーなヤツらが来ちゃったよ」
僕と一緒にちらっとそっちを見た銀さんが、小さな声でぼやいた。
僕らの少し後ろに並んだのは、真選組の面々。近藤さんと土方さん、そして沖田さんの三人だった。

「お前ら!お手軽料金で目一杯喰おうなんて貧乏根性が見え見えアルよ!」
「ちょ、神楽ちゃんっ」
できれば気付かれずにやり過ごしたいと思ったのに、神楽ちゃんが指さした上にでかい声で叫んでいる。
「その言葉そっくりバットで打ち返してやりまさァ」
沖田さんが涼しい顔でさらりと言い返してきた。
「まあ、確かに貧乏だがな」
腕組みして顎を撫でながら、近藤さんが苦笑いしている。土方さんは聞いているのかいないのか、壁にもたれたまま目を閉じている。

今日はみんな非番らしく、制服姿じゃなく着流しだった。それでも真選組局長とその周りの顔ぶれは知れ渡っているから、自然とあの人たちの周囲から人が離れていく。
「三名様でお待ちの志村さま〜」
「はーいはいはいはい」
銀さんもあまり関わり合いたくはないらしい。店員に呼ばれて、僕よりも先に返事をして立ち上がっている。
そうして、僕たちはそそくさとその場を後にした。



「さーとっとと戦闘開始アルよ」
「戦闘って」
席に案内されてすぐに、神楽ちゃんは腕まくりして食べる気満々だ。
店内はけっこう広いけど、食べ物が並べられている辺りは人でごった返している。確かに神楽ちゃんの言う通り、争奪戦といっても過言じゃないかもしれない。
「早く行かないと喰いっぱぐれるネ!」
「よし、銀さんも行きましょう」
ダッシュで食い物を取りに行った神楽ちゃんの後に続こうとした僕は、銀さんが食事の陳列台とは別の方に向かおうとしているのに気付く。

「あれ、そっちは…」
「俺は、アッチ」
銀さんが浮かれた足取りで寄って行くのは、デザート系の並べられた辺り。超甘党の銀さんは、最初から食事よりもこちらをメインでいくらしい。
「…まあ、それも好きずきだもんな」
何をどれだけ食べても同一料金だ。甘味だけ食べても構わないんだろう。90分の時間制限もあるから、のんびりしていたら本当に喰いっぱぐれてしまいそうだ。
僕も少し足を速めて、バーゲン会場みたいな人いきれの中に足を踏み入れて行った。

まず最初の一皿は、腹が減っているのもあって目に付いた美味しそうなものをちょこちょこ盛ってみた。いろいろなものを食べたいなら、一品を少なくするのがポイントだと聞いたことがある。
「みみっちィ盛り方だねェ」
背後からぽそっと言われて、思わずムッとした。確かにちまちまとした盛り方だけど…。
「あ、れ。沖田さん。もう入れたんですか」
余計なお世話だと思いながら振り返った僕の背後には、同じ皿を片手に沖田さんが立っていた。
でも、真選組の人たちの順番は、もう少し後だったような気がしたけど。

「待ってるのダリぃんで素振りしてたら、周りのヤツらが帰っちまいやしてねェ」
沖田さんは不思議そうに、空いた片手で腰の長物をぽんぽんと叩いた。
「真剣で素振りすんな!そりゃみんな逃げるわ」
「おっとと、食い物の前で怒鳴るんはナシですぜィ」
すいっと僕の前から遠ざけた皿は、それなりの量の料理が盛られている。
パスタとグラタンとピラフと、あとはプリンだろうか。確信がもてないのは、それらが辛うじて元がなんだったか分かる程度に混ざりあっているからだった。

「なんですか、それ」
「あー、これですかィ。色々混ぜると意外性があって割に旨いんでさァ」
試してみやすかィ、と皿を差し出されたけど、見た目がどうしても受け付けない。
「いや…僕はそういうのは」
「そうですかィ?これがまた、ソフトクリームなんか混ぜるとまさにゲ」
「人が言葉を選んでんだから言うなー!」
食べ物を目の前に絶対言って欲しくない言葉を、慌てて遮った。
「あーでも、ブルーベリーソースなんかも合うかも」
まるで聞いてない顔で、沖田さんが歩いて行ってしまう。僕としても、あの皿を見なくて済む方が有り難かった。

「おい、全部持ってくなよ」
「お前こそ、ちょっとは遠慮するネ!」
パスタの前で、でっかいのと小さいのが先を争って盛りつけている。近藤さんと神楽ちゃんは食い意地のレベルが一緒なんだろうか。
「バナナでも喰ってろゴリラ」
「あっゴリラって言った?言っちゃった?」
ごちゃごちゃ争いながらも、大皿にこれでもかと大盛りにしている。でも、神楽ちゃんも近藤さんもきっと残したりしないんだろう。
そしてもちろんあれ一回で済むはずもない。
多量の食い物を前にして、二人とも野生に返ってしまっているみたいだ。

神楽ちゃんはそのうちに来るだろうと思いながら、僕はやっと自分の席に帰ってきた。銀さんの姿はない。
その席の、通路を挟んだ向かい側の席に土方さんの姿が見えた。あまりの近さに嫌な予感もしたけど、席を変えてもらおうにも他に空席は見あたらなかった。そのあたりは仕方がない。

さすがに土方さんは行動にソツがないようで、もう食べ始めていた。
ただ、目の前の大皿は何が盛ってあるのか分からないほど大量のマヨネーズが上にかかっている。
それを平然とした顔で黙々と口に運ぶ姿は男らしいような、そうでもないような。

「…いただきます」
見なかったことにして、僕はようやく箸を取った。
「極楽極楽」
銀さんが幸せそうに両手に大皿を持って戻ってくる。その片方にはソフトクリームと各種アイスクリームとフルーツが高さ40cmほどの山になっている。
もう片方は各種ケーキとクリームとが、アイスの皿と同じ高さまで積み上げられている。

「…………」
テーブルに置かれたふたつの山を見ているだけで胸焼けがしてくる。アイスが溶ける間もなく、次々と銀さんの口に消えていく。
「この山を征服した時、俺にとって大切な何かが見えてくるんだ。そうだろう?銀時よ」
なんか自分自身に語ってるけど手も口も止まらないようだ。
絶対にこの人、近い将来に糖尿になると思う。
「あーもう、銀ちゃんまたそんな持ってきてるネ」
神楽ちゃんは戦利品をどーんとテーブルに置いて呆れた顔をしている。神楽ちゃんの大皿も銀さんのと同じくらいの山がふたつで、もうここはヒマラヤかロッキーかというくらいでお互いの顔も山の隙間から見るしかない。
「また?」
「さっきも同じくらい持ってきてたアル」
僕の疑問に神楽ちゃんが肩をすくめた。

「ちがいますーぅ、三回目ですーぅ」
ケーキの山にとりかかっていた銀さんがチッチッと指を振って訂正した。
「糖尿なって鼻もげるネ」
「それは梅毒」
すごい勢いで山を平らげていく二人の会話には、もう突っ込む気力もない。自分が凡人でよかったのか悪かったのか微妙な気分だった。

「土方さん見てくだせィ、新作」
向かいの席で満足そうに煙草を口にしている土方さんの所へ、沖田さんがにこやかに戻ってくる。
「ほらこの、クリームがレモンで程よく分離して、更にフルーツポンチのクラッシュ具合で消化しかけを演出してんでさァ」
説明を聞いただけで、絶対に見たくないと思える代物のようだ。見せられた土方さんは煙草に咽せかけて、沖田さんを睨み付けた。

「なんっだこりゃあゲロか?てめぇはゲロを製造してんのか!?」
「あーあ、言っちゃいやしたねェ。しかもデカい声で、二回も」
「うるっせぇ、それ絶対喰えよ、残すなよ!」
当たり前でしょ、と土方さんの前に座って、沖田さんは平然とその代物を口に運んでいる。
立て膝で鯉口を切りながら完食するのを監視していようとしたらしい土方さんは、その光景に気分が悪くなったようだ。青くなって目を逸らす姿に、僕はご愁傷様と呟かずには居られない。

「いやー、ここはいいなあ。旨いし安いし」
神楽ちゃんに負けず劣らず大盛りな皿を抱えて、近藤さんが嬉しそうに戻ってくる。神楽ちゃんと違うのは何故だか皿にバナナが目立っているあたりか。
「近藤さん、そんなにバナナ好きでしたかィ」
涼しい顔で皿を空にした沖田さんが、紙ナプキンで上品に口を拭いながら聞いている。
土方さんはようやく座り直して、苛ついた顔でまた煙草を口にしていた。
「いやあ、店員さんがサービスだって。でも忙しいからって投げつけてくるのはカンベンだよなあ」
「よかったですねィ」
喜んでいる近藤さんに、沖田さんだけがにっこり笑った。

「暴れると怖いからゴリラにはバナナたくさん与えとけって訳ですね、わかります」
「喜んでるからいいアル」
銀さんと神楽ちゃんの呟きを聞きながら、僕は店員さんの恐れを思うと涙を禁じ得なかった。

「次行くネ!」
言うなり立ち上がった神楽ちゃんが、再びおかわりをしに走って行った。
「銀時のさらなる挑戦は続く。頂上は遥か彼方」
ふたりが行ってしまって、僕はまだほんの少ししか食べていないことに気付いた。時間はどんどん過ぎて行くんだから、食べなきゃモトが取れない。

「オムレツもおいしそうだな」
さすがにプロが焼いているだけあって、きれいな形に整ったものが並んでいる。一瞬かわいそうな卵焼きが浮かんだけど、比べるのは失礼すぎるだろう。
「あれ、なにを書いてるんですか」
沖田さんがケチャップ片手にオムレツに向かっている。手元を覗き込むと「近藤LOVE」の文字が見えた。
他にもカフェラテのクリームにハートを描いてあったり、パンケーキやフルーツ、クリームを使って可愛らしくクマの顔を作っていたりする。

「器用ですね」
「こっちは近藤さん用。それとこっちは土方さん用でさァ」
そう言って顎でしゃくった先には、ココアやブルーベリーで彩られたドクロや『土方シネ』と書かれたカフェラテにオムレツ、パンケーキが所狭しと並んでいる。
「…達筆ですね」
「気持ちを込めて作ってまさァ」
沖田さんは、にっこり天使のように微笑む。僕は、そこに込められた気持ちとは、呪いなんじゃないかと思った。
「近藤さん土方さん、食べてくだせィ」
達人のウェイターのように、沖田さんは両手に皿を並べて運んでいく。その背中には、悪魔の羽根が生えていてもおかしくない気がした。

「あーもう面倒アル!」
「お、お客様ー!」
神楽ちゃんの声と、慌てた店員さんの声が被る。
「立ち食いはおやめくださいお客様ぁ!」
とうとう皿に盛ることもなく、神楽ちゃんと近藤さんはその場で料理を食べ始めてしまっている。
「バナナはゴリラ喰ってろ!」
「それって逆だろう!」
先を争って喰いまくっている神楽ちゃんと近藤さんの戦いに、一般の人が混じれるはずもない。そこはもう、二人だけの戦場と化してしまっていた。

「お客様ぁあ、直飲みは…!」
また違う店員さんの声に目を向けると、銀さんがソフトクリーム機械の下に大口を開けて座っている。ニュルニュルと出てくるソフトクリームは、直接銀さんの口の中に落ちている。
「ソフトクリーム直飲みなんてアリなのか…」
腹の中まで凍るんじゃないか、と僕は他人事ながらぶるっと身震いした。

「てめぇえええ、いい加減にしやがれコラぁ!!」
あちらの方からは、土方さんの怒号が響いてくる。机いっぱいに『土方シネ』と書かれた物で埋め尽くされたら、そりゃあ怒りたくもなるだろう。
ガッシャーンと派手な音は、土方さんが机を蹴り倒したようだ。
「食い物を粗末にすると将来ハゲるっていいますぜィ」
「そんなん聞いたこともねェ!!」
「おー、これ旨いなあ」
抜刀しかけている土方さんの横で、近藤さんは沖田さんの作ったクマパンケーキの皿を手にニコニコしながら食べている。
血の気の多い隊士ばかりの真選組で局長を張る近藤さんは、この程度のことでは動じないようだ。
「近藤さん移動早っ!」
ついさっき神楽ちゃんと争ってたはずなのに。さすが近藤さん、と唸らずには居られなかった。

さほど狭くもない店内からは、どんどん人がいなくなっていく。この光景を見ながら、平然と食事ができるほど肝の座った人はそんなに多くないらしい。
そして、それは僕もだった。

「銀さーん、神楽ちゃーん、時間だから帰るよー」
時計を確認して、僕は二人を呼んだ。延長料金を払ったらモトをとるどころじゃなくなってしまう。
「ふーん、まあまあだったアル」
「そうだなあ、また来てもいいかも」
二人はとりあえず満足したようで、会計を済ませた僕に腹を撫でながら素直についてきてくれた。延長料金を払うほどの持ち合わせはないのだろう。

「あいつらはまだ喰ってんのか」
振り返ることもなく、銀さんが呟く。
「やつらは食い過ぎネ」
「そう、ですかね」
他人のこと言えるのか、と思ったけれど今の僕に突っ込む気力はなかった。





それから間もなく、その店は閉店してしまった。
やっぱり、連日あんな連中に入り浸られたらまともな商売なんかできっこない。
「せっかくいい店だったのにな」
万事屋のソファにひっくり返って、銀さんがぼやいている。
「惜しいヒトをなくしたアル」
酢昆布を口にしている神楽ちゃんは、少しも惜しくなさそうな顔をしている。
「その使い方は間違っていますよーヒトでもないしー」
「みんな真選組が悪いネ」
「…そうかなあ」
ともかくも、あの真選組の方々と食事をご一緒する機会は金輪際持ちたくない。
やっぱり近寄りたくない人たちだな、と改めて思った。

「ちょっとホラ、貧乏なアンタら向けのいい店が開店したらしいよ」
そこへ顔を出したのは、銀さんの家主のお登勢さんだった。
ピラッと目の前に出されたチラシは、本日オープンと書いてある。
「うわ、安い!」
これはぜひとも行かないと、とチラシから顔を上げる。
「早くするネ!」
「新八くんさあ行こうか」
神楽ちゃんと銀さんはもうすっかり出かける支度をして入り口で待ってる。
「はいっ」
僕も慌てて立ち上がり、出て行く二人の後を追った。

「わあ、けっこう混んでますね」
安いだけあって店の前にはもう人だかりができている。
「おー、混んでんなあ」
入り口の前に立ったとき、後ろから聞いた覚えのある声がした。
振り返るとそこには、真選組の近藤さん、土方さん、沖田さんの姿が……。






続きません。
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2009.02.07

銀魂では初めての小説です。
口調やキャラを掴むために書いてみました。

猫又





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