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○○はじめ(近藤視点)
「近藤さん、ミカン食うか」 「お、ありがとな」 トシがミカン入りの籠をこっちに押してくれる。俺はありがたく小さいのをもらった。 屯所の食堂脇にある休憩室は炬燵があって、冬場はそこが俺のお気に入りの場所のひとつ。 炬燵ってやつはなんだか不思議なもので、そこに一緒に足を入れていると自然と会話が生まれたりする。暖かさに気持ちも解れるのかどうかは定かでないけれど、隊士達と腹を割った話をするのには、炬燵はかなり適した場所だと思っていた。 ここに炬燵を入れようと俺が言ったとき、トシは掘り炬燵の方がいいんじゃないかと呟いた。でも俺は、掘り炬燵はくつろげないからとけっこう強く主張したんだ。 なぜって、掘り炬燵は入りながらゴロ寝ができないからさ。 そうして念願叶って導入された炬燵は隊士達にも、もちろん喜ばれた。たまに休憩したまま本気で寝入っているのも居るけど、それもご愛敬のうちだ。 そんなお気に入りの場所でミカンを頬張りながら存分に寝ころんでテレビを眺めている。 今日は非番で、昼飯を少し前に食べたばかりで満腹だ。普段の昼よりずっと遅い時刻だから食堂にも休憩所にも俺たち以外に居ない。 そう、いまここに居るのは俺とトシだけなんだ。 トシは俺と炬燵の角を挟んだ隣に座って、机の上でミカンにマヨを絞り出すのに余念がない。テレビは年明けのお笑いバラエティ番組を流していて、正直どこのチャンネルも退屈なものだった。 「…………」 年末から年明けまで松平のとっつぁんと将軍が除夜の鐘撞きを行ったから、その警備に寒い中トシと一緒に駆り出されていた。 それは幸いなことに丑三つ時を前に終了して、俺とトシは晴れて年明け早々の非番を確保することができた。 真夜中の警備はとにかく寒くて、俺たちは急いで風呂を浴びてそのまま布団に潜り込んだ。残念ながら部屋は別々だったけど。 正月の非番なんて何年ぶりかのことだし、俺としてはもっとトシと年明けのめでたい雰囲気を味わっていたかった。 いや、正直にいえばそう、年明け早々からトシと一緒に布団にもつれ込みたかったんだ。いわゆるその、姫初めってやつだな。 トシは、俺のいちばん大事な人。トシと恋人同士になってそういうことをするようになれるまで、そりゃあもう色々とあったんだよ。 聞くも涙、語るも涙って、それは大げさかもな。 まあとにかく、トシとは幸せに過ごしてきた訳なんだ。 トシはなんていうか、淡泊な方みたいで、そのうえ恥ずかしがり屋だったりする。俺はもう、毎日でもいいっていうかそんな感じなんだが、トシはあんまり誘いには乗ってくれないんだ。 体がちょっとキツくなるみたいだから無理強いはできないし、ムリヤリっていうのも気分的に何か違う。 そういう訳で俺はちょっとばかり満たされていない。 そこへきて、こういうチャンスが来た訳だ。 姫初め…すごく心躍る響きだよな。 ちょっと手か足を伸ばせば触れる距離にトシがいて、ふたりっきりの静かなひと時。 なんだか、ドキドキする。 炬燵の中は誰にも見えないから、少し大胆なことをしたくなる。 「今年のミカンは甘いなあ、トシ」 「そうだな」 何気ない会話をしながらトシの方を見て位置確認。横になったままでも手が届く距離にトシがいて、ミカンを頬張りながらテレビを眺めている。 「…………」 炬燵の中でそっと手を伸ばすと、暖まったトシの脚があった。なんかすごいイケナイことをしてる気分になる。 「…………」 と、思ったら、ふいっとトシの脚が逃げて行ってしまった。怒らせたかと慌てて目を上げたけど、トシは全然普通の顔をしてる。目はテレビに据えられたままだ。 もう一度、少し遠くに行ってしまったトシの脚に手を伸ばす。指先が膝あたりにちょいと触れた…と思ったらまたすぐに離れていってしまう。 「…近藤さん」 俺を呼ぶ声がちょっと尖ってるみたいだ。 「う、ん?」 そろっと目を上げるとやや不機嫌なトシと目が合う。 「あんまりぶつかってくるなよ。そんなに狭かねえだろ」 「…ごめん」 下心は見抜かれなかったものの、怒られてしまった。 仕方なく、炬燵の中でイタズラ作戦は中止。トシはこれ以上すると、きっと怒って出て行ってしまうだろう。 こんなチャンスを逃すなんてもったいなすぎる。 他になにができるだろう。トシは不審に思っているかもしれないから、あんまり大胆なことはできないしなあ…。 横になったままで、俺はモヤモヤと考え込んでいた。 「近藤さん」 少し経ってから不意に、背中から肩をつつかれてドキっとする。 もしかしてもっとくっついていたいとか、そんなお誘いなのかもしれないと激しく期待する。 「近藤さん…こんなとこで寝てると風邪ひきますぜィ」 でも、声を掛けてきたのはトシじゃなかった。慌てて振り向くと驚いた顔をした総悟がそこにいる。 「あ、あれ? 総悟いつのまに」 「おれは今来たとこでさァ。いつから寝てたんですかィ?」 起き上がって見回すと、俺の肩には毛布が掛けられていてトシは居なくなっていた。見上げた時計は既に三時間ほどが経過して、外は夕闇が迫っている。 「うわー…しまった、寝ちまったよ」 「それだけお疲れなんでさァ。でも寝るなら自分の布団のがいいですぜ」 「うん。起こしてくれてありがとう、総悟」 総悟の頭をぽんと撫でて、休憩室を後にした。毛布を掛けてくれたのはきっとトシだろうけど、その本人はどこに行ったんだ。 探し回るまでもなく、トシが自分の部屋に戻っているのをみつける。明かりの灯っている障子を軽く叩くとすぐに返事があった。 「なんで置いてくんだよ」 「よく寝てたからさ」 本当はもっと文句を言いたかったが、トシは領収書の整理をしていてこちらを見てくれない。 「非番なんだからそういうのは後でも…」 「そういう訳にいかねえからこうやって整理してんだろうが」 よく見れば、その領収書は俺が年末ギリギリに提出したやつだ。書類の束の下敷きになってて、出すの忘れてたんだよ。 誰のせいだ、と言いたげなトシが、ちらっとこっちを見る。俺は恐縮して首をすくめるしかなかった。 「で、なんか用か」 整理する手を止めないままで、トシがぶっきらぼうに聞いてくる。 「用っていうか…」 俺は思わず、ごにょごにょと語尾を濁した。エッチしたいです!なんて言ったらトシにぶん殴られるだろうなと想像がつく。 「ああ、もしかして」 「うん?」 トシはようやく整理を終えて、いくつかに分けた束をクリップでまとめている。トシの言葉が途切れ、俺はよどみなく動くその手元とトシの横顔を交互に見詰めた。 待たされていると、トシが思いついたことはなんだろうと少し楽しみにもなる。 「これは経費じゃ落ちないから自腹な」 トシの手から束にした領収書の束を返されて、がくりと肩が落ちた。 「審査厳しい…」 なんだこれ、半分近く戻ってきてないか。これが札束だったらいいのになあ。 「コンビニの領収書は通りにくいって言っただろ、改めろよな」 「へーい……じゃなくって、トシっ」 さっきの話が途切れてること、ナチュラルに忘れてないか。 「なんだよ、泣き落としは効かねえぞ」 ちょっと顎を引いたトシの表情が警戒してる。あー、こういう厳しい表情もやっぱりいい男で惚れぼれするな。 「もしかして、って言っただろう。その続きは?」 「ああ」 見詰めている俺の前で、ぴくっと片方眉が上がる。こんな風にわずかに気の抜ける瞬間とかも、見つけると嬉しくなるんだ。 「近藤さん、やりてえのか?」 「え、なにをだ?」 質問に質問で返されるのは、戸惑う。それをまた質問で返すと、なんだか訳が分からなくなりそうだ。 「だから、俺とセックス」 「へ…?」 笑わずに呟いたトシの言葉が理解できなくて、俺は間の抜けた声を漏らす。手の中から領収書の束が滑り落ちて畳にバラバラと散らばったことさえ、気付かなかった。 「あーあ、なにやってんだよ近藤さん」 「ト、トト、トト、トシぃ?」 「人をサカナかなんかみたいに言うなよ」 バラまいた領収書を拾ってくれているトシが嫌そうに顔を上げる。 「いま、いまなんて仰いました?」 「サカナみたいに言うなって」 詰め寄った俺にびっくりした顔で、トシが手を止めた。 「じゃなくて、それより前っ」 「俺とセックスしてえのかって?」 「そ、それっ! なんでっ」 普段ならトシは絶対言わなさそうな言葉だ。もう一回言ってもトシは顔色ひとつ変わっていない。なんだか、焦ってる俺だけが真っ赤になってるみたいだ。 「そうなんかなって思ったからさ」 「そ…そりゃあ…、やりたいよ。当たり前だろ」 できることなら、こういう直接的な言葉じゃなくもうちょっとムードある方が好みだったりする。でもトシが言い出してくれたってことの方が格段に嬉しかったからそんなことは全然構わない。 「そうか」 「トシっ!」 俺はもう嬉しくて嬉しくて、夢中でトシを抱き締めた。 「うわっ、なにしてんだよ」 「だってオッケーってことなんだろ!」 温かいトシをぎゅうぎゅう抱き締めて強引に頬ずりした。でもこのままもつれ込もうとした俺の顎をトシの掌がぐいっと押し返してくる。 「今すぐじゃねえって、離せっ」 「えー、そうなのか?」 「当たり前だろ、まだ夕方じゃねえか」 渋々と腕を緩めた俺の側から、トシがさっと離れて行ってしまう。なんだよ、そんなにそっけなくしなくたっていいじゃないか。 「正月から非番が会うなんて滅多にないからな…」 「そうそう、正月から姫初めとか縁起が良いしっ」 「…姫初めね」 トシが横目で俺を見ながらぼそっと零した。 「姫初めってのはそういう言葉であってトシを女扱いしてるとかそういう訳じゃなくっ」 「知ってるよ。秘め事の『ひめ』と掛けてるんだって説もあるんだ」 「おー、博識だな」 ぼそぼそとそんな会話をしているうちに、少しばかりムードが高まった気がする。そろりと腰に伸ばした俺の手をトシは拒まなかった。 そのまま身を寄せて軽く唇を合わせる。トシの薄い唇はいつも俺よりも体温が低くて温かくは感じない。 でも何度も触れるうちに柔らかく解れて、熱っぽくなってくる。そういう変化がたまらなく、ぞくぞくするんだよなあ。 「今すぐは、しねえぞ?」 「分かってる」 そう言いながら、俺はまだトシを離さなかった。トシがムードのない言い方をするなら、俺が雰囲気を盛り上げればいいんだよな。 「もう終わり。まだやること残ってんだからよ」 キスをつれなく遮ったトシがふいっと離れる。でもその声がなんとなく柔らかくなってることに俺は気付いていた。 「じゃあ、用事済んだら俺の部屋に来てくれよ」 「…ああ」 深追いはしないで、俺も手を引くことにする。俺だって風呂入ったり布団を整えたりと色々準備もあるからな。 「部屋行った時に寝てたらそのまま帰るからな」 「ぜったい大丈夫。待ってるな」 せっかくのトシのお誘いを棒に振るなんてあり得ない。さっまで充分昼寝もしたことだし。 障子を閉める俺をトシは見送ったりしない。でも耳がほんのり赤くなっているのが見えて、俺は今夜への期待に胸を膨らませて浮き浮きと廊下を急いだ。 あ、とりあえず今は膨らんでるのは胸だけなんで念のため! 了 ---------------------------------------------------------------------------------------- |