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夏の日


「あーぢぃい〜…」
猛暑を上回る酷暑という言葉もすっかり定着した夏のさなか。
屯所は防犯上、完全に門と塀とで囲われている。そのせいか、戸を開け放ってもいまひとつ風が抜けていかない。
まあ、風が抜けるとしても熱風ばかりで、あまり涼しくもないのだけれど。
暑さにへばっている近藤は、隊服を着用してはいるものの、ズボンを膝下まで折り返しシャツはボタン全開でだらしないことこの上ない。年代物の扇風機は先日ご臨終してしまい、今は団扇が頼り。
クーラーを買う予算は捻出できない、と既に鬼の副長に言い切られていた。

「もう少しで時間だから、それまでがんばれ」
差し向かいで仕事をしている土方も、さすがにベストもスカーフも着用していなかった。しかし、多少暑そうにはしているが、衣服はあまり乱れていない。
「なんでトシはそんな涼しい顔してられんの」
「暑いことは暑いけどな、体質だろ」
ばたばたと団扇であおぐ近藤と、同じ部屋に居るとは思えなかった。
「そろそろ時間〜?」
近藤がだるそうに時計を見上げた時、隊士が何人か桶を持って中庭に出てくる。低予算でささやかにでも涼をと始めた中庭への打ち水は、これが意外に涼しくて好評だった。

一時間毎に水を打ち、さわやかな風を感じる。そのひとときだけでも随分と気分も違う。
しかし、本日は記録的な酷暑と天気予報でも言っていた。桶に何杯かの水くらいは、まさに焼け石に水。熱波に炙られた大岩の上であっという間に水蒸気になって消えてしまった。

「あーもう、そんなんじゃダメダメ!」
じゅわじゅわと石が焼ける音で、とうとう暑さの限界に達したらしい。そう言うなり、近藤が部屋を飛び出していった。
「局長っ、ちょっと、ちょっと待ってくださいっ!」
慌てる隊士の声が聞こえたかと思うと、洗面所方面から近藤が水の噴き出すホースを引きずって走り出てくる。
「わっはっはっはー! それいくぞーっ!」
ブシューッと派手な音を立てて、近藤がホースで水をまき散らす。吹き出す水流に焼けた大岩もさすがに冷やされ、中庭の緑も生き生きとして見えた。
「おぉーっ涼しい〜」
「局長カッコイイ!」

しかし近藤の放水は、やがて段々と調子に乗って見物していた周囲の隊士たちにも向けられ始める。
「ぶわっ、冷てぇえ!」
「かんべんしてくださいよ局長!」
「わははは! それそれ〜っ!」
抗議の声もどこ吹く風、近藤の放水は誰彼かまわず襲いかかっていた。

やがて隊士たちもタライやバケツを持ち出して盾の代わりとし、溜まった水を近藤に投げ返して応戦している。
「近藤さぁーん」
いつの間にか参戦していた沖田が、愛用のバズーカ砲並みの水鉄砲を肩に近藤を呼ぶ。
「んー?」
振り返った近藤は水鉄砲の威力をまともに額で受けて仰け反った。
「やったな総悟ぉ!」
近藤は笑いながらホースの先を指で潰し、威力を増した水流を沖田に向ける。しかし素早い沖田は身をかわし、代わりに山崎が顔面に浴びる羽目になっていた。
「冷たいじゃないですか!」
屯所のどこからか水鉄砲がいくつも出てきて、既に乱戦模様。

こうなると、男所帯の真選組は一気に遊びモードに突入してしまうのだった。
「あーあ…もう手がつけられねえな」
最初から室内で傍観していた土方は、あきれ顔で呟いた。障子は一応防水加工が施してあるから、放水が掛かったところで破れてしまうこともない。
打ち水のお陰でだいぶ部屋の中も涼しく感じられる。少し落ち着くまで放っておくかと煙草を点けつつ書類に向き直った。
半刻ほど経ってふと目を上げた土方が外を見ると、いまだに収集がつかないでいる。それどころか夕立で土砂降りになっているのに、構わずに遊びほうけているのだった。


「まるっきりガキだな」
暑さで皆、だいぶストレスが溜まっていたのだろう。こういう機会に目一杯発散させることも必要かと苦笑いを漏らした。
予算がないと言ったけれども、食堂にくらいクーラーをつけてもいいかと思う。それならばなんとか捻出できないこともないだろう。
「トシ! トーシー! トシってばー!」
「あぁ? なんだよ」

中庭から何度も呼ばれて、土方は多少警戒しつつもそろりと障子を開けた。雨はもうほとんど止みかけて、空が明るさを取り戻している。
遊び疲れたのか、近藤も隊士たちも皆座り込んでいる。けれどもその表情は一様に、少年のように晴ればれとして、土方の笑みを誘うのだった。
「ほら、あれ!」
「おー……」
近藤の指さす先には、巨大な虹が架かっていた。くっきりと鮮やかな七色の橋が、二本同時に出ている。
「すっごいよな、あんなの初めて見た!」
「ほんとだな」
嬉しげな近藤の声に頷いて、土方もしばし壮大な光の橋を見詰めていた。
熱くなった隊士たちも水遊びで落ち着いたらしい。穏やかな表情で虹を眺めるひととき、皆で同じ景色を、同じ空気を共有する大切さを感じられた。

「さて、片付けるか!」
「おう!」
近藤の号令で隊士たちが立ち上がる。
「終わったら全員風呂行けよ」
「了解!」
土方の声には、皆が笑って頷いた。



後日、水道料金の請求書を見た土方が激怒したのは言うまでもない。当然、クーラーをつける予算も無くなったという。

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2010.08.17

夏コミペーパー用に短めの小話でした。

猫又





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