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夕暮れの情景

11月を迎え、景色はますます秋を深めてゆく。
校門を出た椿は、吹き抜けた風の冷たさに軽く首をすくめた。
「やはり、そろそろ上着が必要だな」
秋の割には暖かな日が続いていたけれど、確実に冬が近付いていることをしみじみと体感した。
何気なく呟いた言葉に、応える声はない。いつもならば影のように従う姿は、いまは側に見当たらなかった。

『どこへ行ったんだ』
こんなにも長い間、姿を見せないのは珍しい。確か、生徒会室で定例会議が終わるまでは居たはずだった。
もちろん、彼が自由行動するぶんには何の問題もない。
いまは生徒会として行動している訳ではないし、彼にも当然プライベートはあるのだから。
『先に帰ったのかもしれないな』
しかし、それならばそうとひと言くらい置いて行けばいいのにと思う。
急に居なくなったりしたら、何かあったのでないかといらぬ気を回したくもなる。

「……まあ、あいつならば大丈夫だろうが」
さり気なさを装って、軽く振り返ってもやはり着いてきている気配はなかった。
独りで帰るのは久しぶりだ。片手に提げた鞄の中身が少し重く感じて、利き手に持ち替える。
今日は11月11日。自分と双子の兄、藤崎佑助の誕生日だった。それを知る仲間達から幾度となくおめでとうの言葉をもらい、そして贈り物をもらった。きっと藤崎も同じような日を過ごしたことだろう。
今夜は藤崎の家で、ふたり揃っての誕生会をしてもらうことになっている。帰って身支度を調えなくてはならないから、あまりゆっくりしている暇はないのだった。
ふっと吐息をついて向き直った瞳に、夕日のオレンジが飛び込んでくる。澄んだ空気にひときわ暖かな色が染みるようだ。

その時、一陣の強い風が背後から吹き抜けた。その風に乗って、はらはらと桃色の何かが舞う。
「花びら……?」
細長い形状のそれは、秋桜のように見えた。ついさっき、生徒会室に飾られていたのを見たからおそらく間違いない。
夕日の橙にきらめくような桃色の花弁は風に踊り舞いながら、儚く流れ去っていく。
ほんの数瞬の情景は夢のように綺麗で、動いたら壊れてしまいそうにも思えた。
しばし、溜息をつくのも憚られるほどに。
こんなことをするのはあいつ以外にはない、けれど。

「……まさか、あれは」
もしや、あの花弁は生徒会室の花をむしってきたものではないのか。そんな考えがふっと頭を過ぎる。
「や、ちょっ、それは違います!」
椿の考えを読み取ったかのように、彼の人がどこからともなく姿を現した。さっきまでまるで気配もなかったというのに、いったいどこに潜んでいたのだろう。いや、忍者の末裔である加藤希里に、そんなことは愚問か。
「あれは生徒会室の花ではありません、断じて違いますっ」
焦って言いつのる表情を軽く見上げながら、椿は何かが満たされたような気分になっていた。

「どこに行ってたんだ」
どこで何をしようと自由だと考えていたはずなのに、真っ先にそんな問いが口を突いて出る。
「すみません……いまの花びらを、探しに行っていました」
「あ、いや、謝る必要はない。……しかしこの時期、秋桜ならあちこちに咲いているだろうに」
「それは、そうなんですけど」
なぜこんなにも長い時間、戻って来なかったのか分からない。椿は黙って、言葉の続きを待った。
「あなたに差し上げるものは、完璧でなくてはと考えていた為に、こんなにも時間を食ってしまいました」
「差し上げる?」
真顔の返答は多少戸惑うが、それ以上に引っかかる部分を思わず反復していた。

「あの……会長」
「うん?」
「お誕生日おめでとうございます」
よどみなく言い切った加藤の表情は真剣そのもので、祝う態度にしては少し固い。
「ありがとう」
あの花びらは加藤からの誕生日のプレゼントという訳だったらしい。

「すみませんでした」
「な、なんだ突然」
しかし急に、加藤が深々と頭を下げた。面食らった椿が瞬きを繰り返す。
「いいから、頭を上げろキリ」
「オレ、会長の誕生日を知りませんでした。こんな間に合わせのプレゼントしかできなくて、本当にすみません」
「知らなかったものは、仕方ないだろう」
椿は頭を上げようとしない加藤を宥めようとするが、どうしていいか分からずにオロオロしている。

「いいえ、従者としての落ち度です。完全にオレのリサーチ不足でした」
どうしたら顔を上げてくれるのだろう。いっそ頭でも撫でてやれば驚いて身を起こすかもしれないとも考えたが、この男に関してはどうしても触れることを躊躇してしまう。
忍の者に気安く触ってはいけないような、そんな一線があるように思えていた。
「ボクは、嬉しかったっ」
拳を握り締めて、椿が声を張り上げる。

「お前が探してきてくれた花びら、とても綺麗だった。ボクしか見られないプレゼントなんて、粋じゃないか」
「……喜んでいただけて、光栄です」
そろりと顔を上げた加藤が、ほんのりと照れた顔をしていた。
「だからもう、ちゃんと直れ」
「はい」
加藤は照れと申し訳なさがないまぜになったような表情で腰を伸ばす。
ようやく傍らに戻ってきた存在に満足して、椿は小さく笑った。

「ありがとう」
「身に余る幸せです」
夕日がゆっくりとその姿を隠そうとしている。
空気が更にひやりとしてきているはずなのに、いまはあまり寒さを感じることはなかった。





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